アマラプラ

アマラプラ

18世紀、ビルマ王朝が都を移し続けた時代、2回(1783年~1823年まで・1841年~1857年まで)王都として繁栄した都市、アマラプラ。王宮跡などは残念ながら残っておらず、この理由は、ミンドン王在任当時、アマラプラから11Km離れた場所にヤダナボン都を造営した際、主要建造物などをすべて分解し運んでいたため、と伝えられています。

アマラプラはパーリ語で、『永遠の都=不死の都』という意味を持つ、非常に由緒正しき街です。マンダレー南部に位置するため、『タウンミョー=南にある街』という別名でも呼ばれています。エーヤワディー川およびタウンタマン湖に挟まれた地形なので、古よりこの土地に住むひとびとの暮らしは豊かだとされています。

マンダレー近辺の位置にあるにも関わらず、昔ながらの伝統的な機織りを代々受け継いで生活しているひとが非常に多いことでも知られています。街には、小規模から中規模までの機織工房があることでも有名です。特に、シルクで作られた布類が、アマラプラの名産品として知られているため、訪れた際にはぜひお土産として買い求めてみてください。

市民の主産業は機織りですが、周辺の村のひとびとにとって、エーヤワディ川とタウンタマン湖の恩恵で職を営んできた歴史を持ちます。このため、村民の職業は季節によって異 なることも特徴のひとつ。乾期は湖の水が乾いてしまうため、農民として暮らし、主に豆類、ひまわりなどの栽培に従事。雨期になると湖の水位が高くなるので、魚類がたくさん増える恩恵を受けながら、漁師としての生活を営みます。このため、タウンタマン湖とウーペイン橋は、観光名所としてばかりか、地元民たちの生活になによりも欠かせない存在となっているのです。

■おすすめ観光情報
【ウーペイン橋】
毎年雨期に満水となるタウンタマン湖の交通不便を解消させるために、1848年、旧王都(インワ)の王宮からチーク材を運んで造った美しい橋・ウーペイン橋。総本数1086本ものチークの木で造られた立派な橋で、橋の長さ1.2Km、高さ2mほどあります。完成までに実に3年間の期間を要し、建設を決めた当時の市長・ウーペインの名を取り、『ウーペイン橋』と名付けられました。

非常にシンプルに造られた橋ですが、建設から現在にいたるまでの間、洪水を原因とし2、3回ほどしか壊れたことがないほど、実に頑強な橋としてアマラプラのひとびとによって守られています。毎日のように観光客で賑わっているほど、アマラプラのたいせつな観光名所としても広く知れ渡っているのです。

【マハーガンダヨン僧院】
ミャンマー最大級の規模を誇り、多くの子供たちが修行することでも知られる、マハーガンダヨン僧院。一般的にミャンマーの僧侶の袈裟の色は濃い赤や茶色ですが、こちらのマハーガンダヨン僧院は白い袈裟をまとう子供たちがいることでよく知られています。

僧院などで僧侶の世話をしながら修行するひとびとを『ポートゥードー』(男性だけがなれる)と呼び、僧侶が托鉢に出かける際には、隣で寄付の品々を運ぶ作業や、寄付金で僧院に必要なものを購入したり(僧侶はお金の使用が禁じられているため)することなどが主な仕事です。マハーガンダヨン僧院には、子供のポートゥードーたちが生活し、孤児として僧院で暮らすようになったり、夏休みなどで仏教の勉強のため僧院入りしたり、大人になってから僧侶になるために僧院生活に慣れるために修行する子などさまざまです。

■交通情報
ミャンマー第2の都市として2番目の規模を誇る都市・マンダレーからわずか6Kmほどの位置にあるため、チャーター機などで訪れると良いでしょう。バイクタクシーなどを1日チャーターし、アマラプラ・サガイン・インワなどをまとめてまわるのもおすすめです。

■ホテル
マンダレーから南にわずか6Kmほどの位置にあるため、宿泊拠点はマンダレーにすることをおすすめします。アマラプラにもホテルがないことはないのですが、長い距離の移動が多いミャンマー各都市の観光地の往来が常とされる中において、マンダレーからほど近く日帰りでの観光が余裕で可能なため、マンダレーでの宿泊がベストです。

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ミャンマーの日本語ガイド
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